明治神宮鎮座記念切手の買取り
明治神宮の鎮座を記念した際に発行された切手です。明治神宮は東京都渋谷区に鎮座する神社で祭神は明治天皇と昭憲皇太后です。1912年の明治天皇の崩御後、東京市民の天皇への崇敬から起こった運動を掛けに創建となったのです。
1915年大正天皇の裁可を得て「明治神宮」の創建が告知されました。造営開始から5年後の1920年鎮座祭が行われます。
明治天皇により「うつせみの代々木の里はしづかにて都のほかのここちこそすれ」と詠まれた南豊島世伝御料地を境内地として造営が行われます。しかし創建前は、御料地・練兵場として利用されており、その土地の多くは畑や荒れ地でした。
全国から自発的に勤労奉仕を行うため青年団が延べ11万人も訪れます。鎮守の森と呼ばれる場所を整備するために、樹木の奉納が日本国内だけでなく樺太・台湾・満州・朝鮮より届いたのです。その木々を100年後には自然の森として育つよう、予測算出し植樹されたのが現代の森と言えます。現在では、その木々はパワースポットとしても有名になっています。
明治神宮鎮座記念切手
切手のデザインは、双方共に明治神宮となっています。1820年と1830年のものは、若干デザインが違いますが同じ建物です。
1920年発行
1920年の切手は、屋根の部分にかかっているため、切手から当時の建築物を見る事はできませんがリアルなデザインです。
1930年の切手は、全面の木立が排除されることで、社殿の魅力を存分に伝えていると言えるでしょう。
10年の間に行った試行錯誤を見て伺う事ができる記念切手です。
1930年発行 鎮座10周年
明治神宮の建築様式
明治神宮の記念切手を語るには、モデルとなった社殿を語る事になります。社殿の県室様式は隆造と呼ばれたものとなっています。隆造とは、神明造の屋根にそり返しを付けたものになっています。平安時代に発展した様式となっており、京都鴨神社と同様な様式となっています。
明治神宮鎮座切手発行時期の謎
執念記念行事を題材とした記念切手を発行する場合、25年が最低単位とされていました。現実に逓信省の昭和5年度の記念切手発行予定では、発行は計画されていませんでした。
明治神宮鎮座10周年は想定外の発行だったのです。その理由は、当時の日本経済は泥沼状態に陥り政府が苦境に陥っていたため、明治神宮鎮座10周年を祝う事で世論を操作したのではないか?と言われています。
しかし、実際には鎮座10周年の祭り終了直後に当時の首相は狙撃されており、効果はなかったと言えます。
買取りについて
明治神宮鎮座切手は、1920年・1930年発行の切手双方とも高額での買取りはされていません。
バラ切手単位
1920年 1.5銭・3.0銭共に 500円
1930年 1.5銭・3.0銭共に 200円程度が目安となっています。
複数枚セットの場合、価格が上昇することもあります。また買取り店によっても価格が変化しますので、気になる方は是非複数店での査定を行ってみてください。